火偏 02











 素直にまたかって思った。

 どっかの部隊の誰かさんがヅラに愛の告白シーンは珍しいものじゃない。ほとんど俺はヅラや高杉とつるんでるけど、別に二十四時間へばりついてるわけじゃねえんだが、俺が見たのだって片手の指だけじゃ足りねえんだから、実際は何人に性別を超えた愛情を示されてるのか、ヅラ自身も覚えちゃねえだろう。


 少し、森に入った所からヅラと誰かが見えた。ヅラより頭一つ分でかい。たぶん俺も知ってる奴だ。あの髪型と、あの着物には見覚えがある。昨日も一昨日も話したような、顔を見れば挨拶をしてきて、なかなか気さくな奴。
 俺やヅラと、何気なく話してる間に、あいつがヅラ見て何考えてたのか、今知った。

 へえ、そう言うつもりだったんだ? ヅラは声かけにくいから、俺に声かけてきてたとか? 最初は俺の方が仲良かったような気がする。


 別に………関係ねえけど。


 二人が、神妙そうな顔つきで、下を向いてる。
 断られるの覚悟でこれから愛を告げて、ヅラはそれを言われるのを覚悟でお断りの台詞考えてる所か、それはもう終ったんだか解らないけど、二人とも下を向いて微動だにしない。

 けど、放っておく。


 ヅラが嫌なら自分でどうにだってできるだろう。俺がわざわざ出てく必要もねえし、そんな気にもならない。

 うっかりアイツに襲われたって、細くて女みたいな外見してるが、あの程度の奴なら二、三人くらい相手に立ち回れるはずだ。本気出したら丸腰だって十人くらい相手にできるはずだ。

 ヅラはここじゃ負け知らずだ。俺だって手合わせすりゃ勝率は四割だ。ヅラはスタミナが少ないから、実戦になると後半バテてくるが、強さだけで言ったら勝てる奴なんか見たことねえ。


 別に今に始まった事じゃねえ。出来る限り俺は煩わしいごちゃごちゃした人間関係はできるだけ関与しない不干渉の対象でありたいので、無視する事に決めた。元々そう決めてる。

 気付かれる前に、音を立てずにここから立ち去ろうと……




 その時。

 俺の頭上にある枝で、大きな黒い鳥が鳴いて、羽ばたいた。








 ヅラが、ふと顔を上げた。音のした方に。


 俺と目があった。


 俺に気付いた。







「銀時!」


 瞬間的にヅラの困惑げな表情が解かれ、俺に向かって全開の笑顔になんのは、俺自身は悪い気はしないが……こういう時にはどうにかなんないもんだろうか。というか、どうにかしてくれ頼むから。


 それに、こっちに来ないでいいから!

 今オトリコミ中だろ? どう考えたって、そのシチュエーション取り込み中だろ?

 普通じゃ男同士で好きです付き合って下さいもねえだろうが、ヅラに限ってはかなりの頻度で在り得るからタチ悪いけど、実際そういうシーンだったわけだろ?

 だって、睨まれてんじゃねえか、俺が!
 俺がまるで邪魔したみたいじゃねえか!






「あー、続きどうぞ。俺は空気だから」

「いや、もう話は終わった」


 嘘だって! 今正に修羅場って緊迫した空気だっただろ?

 隣歩かなくていいから! あいつ放って俺の後追いかけてくんじゃねえよ!


「俺、小便なんだけど」

 俺は目的地の立ちションポイントに向かって歩調を強めるが、ヅラは気にせずついてくる。


「なら俺も」

 別にてめえもする必要ねえっ! 隣で不快なもん見せるつもりかよ。見たくねえって!

 未だにコイツの下半身にぶらさがってるもんに違和感があるってのに。隣で用を足されたりすると、マジで萎える。連れ合って小便するような関係とか、臭い仲になりたかないです。



「何、してたんだ?」


 特に話題がないから、振ってみる。

 解ってるけどね。

 どうせ愛の告白受けてたんだろう事は、今までヅラがここに居るだけで男を陥落させた経歴からも、空気からも、ビンビンに伝わってきてましたが、わざと気づかないフリしてやった。

 だからわざといつも通りの口調で、いつもよかのんびりした口調で訊いてみた。





 なんか、イライラする。


 俺に好きだとか軽々しく言うくせに、他の奴に不用意に告白とかされて、何なんだよコイツ。

 どうせ気持ちなんか受けとる気ねえんだろ? 告白なんかされてんじゃねえよ。その前にどうにかして手を打てよ。




 お前はどうせ俺が好きなんだろ?



「ああ。好きだと言われた」


 …………まあ、やっぱりだけど、それ以外あり得ない空気だったけど。

 普通は、そういうの惚れてる相手には隠すもんじゃねえの? 隠さなくても、もう少し恥らったりとか躊躇ったりとか、そういう反応はないものでしょうかね。仮にもお前は俺が好きなんだろ?




「そりゃ良かったな」

「嫉妬するか?」


 ………………。



「しねえよ」



 するわけがない。

 嫉妬してるわけじゃない、別に。誰がヅラに惚れてたって、ヅラが誰を好きだって俺には関係ない。



 今どうにも虫の居所は良くない。


 誰がヅラに惚れてたって、その誰かにヅラが惚れてたって、ヅラが俺に惚れてたって、別に俺とヅラの関係も距離も変わらない。どうせ、今まで通りなんだろう、結局。

 俺とヅラは、ガキの頃から一緒に育って、同じもの見て、同じ空気吸って、そうやって今になった。ただそれだけで、それ以上なんかありえない。



 だから、俺達以上の関係なんかありえない。




 だから嫉妬なんかするわけねえ。

 するはずねえ。ありえねえ。






 ただこんな戦乱の中で色恋事に現を抜かす奴に腹が立っただけだ。



 だから、今ムカついてるだけだ。それを易々と許したこいつにも。





「そう言えば、今朝珍しい鳥を見た。綺麗だったぞ、真白で大きくて。お前にも見せたかったな」

 愛の告白だなんてオオゴトはこいつにとっては日常茶飯事なんだか、それとも他人からの好意がどうでもいいのか、ヅラは相変わらず、いつも通りに話してる。俺がヅラの腹の中まで見抜けてないだけで、もしかしたら相手からの重い好意を遮断した事に罪悪感で満ちているのかもしれないが、俺に対してはヅラはいつもと同じだった。


「あそ」

 何にも、変わらない。

 いつもの通り。普段通り。

 きっと、明日には俺はさっき見たことを忘れてんだろう。そのくらい、普段と同じヅラの態度。


「昨日から味噌汁の味噌が、白味噌になったのは気付いていたか? 俺はどうにも赤味噌の方が好きでな。白も悪くはないが甘くていかん」
「俺は白派だぜ? サツマイモとか入ってると甘くて好きだけどな」
「いや、大根の千切りの入った赤味噌だろう? 大根は少し芯の残るくらいのしゃきしゃきしている方がいい」
「くたくたに煮てある方が美味くね?」
「くたくたに煮てしまうと食べている感じがしない……あ」

 ヅラが、どうでもいい話題にふと水をさした。





「そうだ銀時! 高杉が帰ってくると報告は聞いたか? 今日の夜にも到着するそうだ。戦果も上がったし、部隊もほぼ無傷らしい」








 さらに嬉しそうに顔を輝かせるヅラの顔が、昔から飽きるほど見てた俺ですら見惚れるくらいで……それが憎らしくて、口元をほころばせたその頬をつねりたくなったから、そうした。



 痛かったのか、ヅラは俺の頭を殴ったから、ムカついて殴り返した。そしたら喧嘩になった。いつもの事だけど。










 お前、俺の事、好きなんだよな?











20110308